SSブログ

審判 [審判]

審判をして

子供の成長とともに
小学校の野球チームに顔を出すようになり
そうすると練習試合に審判として駆り出され

審判をやるんだったら
ちゃんと公認審判員の教習を受け
やったほうがいいかと思い
講習会へ

それから早20年

いろいろありました。
最初は自信もなく
今でも大してありませんが

最初に球審を頼まれた時は
膝が震えたのを覚えています。

審判をしていて
近くに良い仲間ができたと
思ってもいました、

残念ながら
ちょっと 色々あって
審判をやめようと思っています。

そう考えたら、ふっと気が楽になりました。
やはり、ジャッジを間違えなく行う
と、いうプレッシャーがあったようです。

グランドティーチャー
私はグランドでは、審判員も指導者であれ
と、思っています。

練習試合など 試合が終わった後に
審判に質問ない?
と、聞いいてもあまり質問はありません。

審判員からもあまり質問はありません。

そんなにわからないことがないのかな〜
私など今だにわからないところ、
勘違いをしているところ
色々あるのに。

ま〜、この拙いブログを読んでいただき
ありがとうございました。

野球は好きなので
どこかのグランドでお会いするかもしれません。

では、ありがとうございました!

甲子園のサヨナラボーク [審判]

審判とは
「サヨナラボークの審判」といえば、その名を聞いたことがある人もいるのではないか。日本リトルリーグの祖として野球殿堂入りを果たした林和男氏を父に持ち、自身もまたアマ野球界で長く審判を務めた林清一氏(60)に、球史に残る“非情のジャッジ”を振り返ってもらった。

 林の名が広く世間に知れ渡ったのは1998年夏の甲子園。すでに審判歴12年目、甲子園7度とベテランの林は、2回戦の豊田大谷―宇部商戦での異様な盛り上がりを記憶している。

「第2試合に(現ソフトバンクの)松坂と(現巨人の)杉内の投げ合いが控えていて。確か発表では4万9000人だったと思うけど、実際は5万人以上が観戦に訪れていた」

 灼熱の炎天下に球場全体を取り囲む人の壁。2―2で迎えた延長15回裏、無死満塁のピンチにマウンド上の宇部商・藤田修平(当時2年生)は明らかに疲弊していた。そしてその瞬間が訪れる。

 藤田はプレートに足をかけたまま、セットに入ろうとした手をふいに下ろしたのだ。

「ボーク!」

 球審・林のコールに、満員の甲子園球場は静まり返った。

「当時はまだ電光掲示板にボークの表示もなく、場内放送もないまま整列が始まった。最初はシーンとなっていた球場も、そのあとザワザワと騒がしくなってきて」

 確かにボークと判定したものの「映像を見てるわけでもないでしょ。校歌を聞いているうちに“もしもプレートに足がかかっていなければ”“大変なことをしてしまったんじゃ”と気が気じゃなかった」という。

 試合後、林はすぐさま記者団に取り囲まれた。

「40人ぐらいいましたかね。360度マイクに囲まれて、まるで犯人扱い(笑い)。記者の人って意地悪だなと思いましたよ」

 記者の質問は「なぜボークを取ったんですか」という事実関係の確認に始まり「注意でもよかったのでは」「あんな終わり方でよかったんですか」「ボークを取って、今のお気持ちは」と徐々に林個人を攻撃する内容に変わっていった。

 林はその都度「ルールを適用したまでです。どんな状況であろうとルールは厳格に守らねばなりません」と説明したが、追及とも糾弾ともつかない質問の数々に、見かねた三宅幹事審判が「我々はルールの番人です。以上、終わり!」と一喝し打ち切った。

 また当日はPL学園監督の中村順司氏がNHKの解説を担当していたが、これが騒動を広げる一因にもなったという。

「NHKのカメラは藤田くんの顔のアップだったものですから、アナウンサーに『今のはなんでボークなんですか』と聞かれて『いやー、わからないですね』と答えたんですよ。それで(判定の)信ぴょう性がなくなっちゃって。“頼むからいい加減なこと言わないでくれ~”と思いましたね」

 翌日の新聞各紙は一斉に林の顔と名前を掲載。見出しには「史上初」「なぜボーク?」などの文字が躍り、高野連には抗議の電話が殺到した。

 その後も尾を引く騒動に終止符を打ったのは、意外にも昨季まで巨人の監督を務めた原辰徳氏だった。

「NHKの解説でわざわざプレートを用意して『これはボークです』と説明してくれたおかげで、次の日からパタッと抗議の電話はなくなりました。原くんには本当に助けられた。今でも会ったときはその話題で盛り上がりますよ」

 こんなエピソードもある。試合後、藤田が投じることなく試合が決したボールを、林のもとに返しにきたが、林はそれを受け取らなかった。

「もぎ取ることはできなかった。『また来年出てきなさい』と」

 その後、大学に進学した藤田とは全日本大学野球選手権で再会するはずも、藤田が故障のため欠場。

「そこからなかなか会えなくてね」

 2013年、明治大学・阿久悠記念館の来場者3万人記念企画でゲストとして招かれた2人は15年ぶりの再会を果たす。

「そのとき観客から『試合後ボールはどうしたんですか』と質問が飛んだんです。藤田くんは『記憶がなくて、どこにいったかわからない。手元にはないです』と(笑い)。無理もない。そのくらい衝撃的な結末でしたから」

 高校野球100年の歴史でもただ一度の幕切れ、サヨナラボーク。消えたウイニングボールは今もどこかで次の100年を見つめているのかもしれない。
(東スポWeb)

☆はやし・せいいち=1955年5月25日生まれ、東京・調布市出身。調布リトルで野球を始め、早実では投手として2年春の関東大会で優勝。3年夏は肩を故障し外野手として都大会準優勝。早大、大昭和製紙(現日本製紙)ではマネジャー兼打撃投手を務める。31歳のとき父の会社である林建設に入社、東京六大学野球で審判を始める。2004年には日本人で唯一、アテネ五輪の審判を務める。12年に審判を引退。現在は経営の傍ら一般財団法人日本リトルシニア中学硬式野球協会理事長としてリトル・シニアの発展に寄与する。前述の調布リトル立ち上げに関わり15年に野球殿堂入りした林和男氏は実父。

リードとは何か [審判]

捕手のリードは「配球」だけじゃない。叱り時、捕球音、2秒間止まるミット。

 そう問われて、「配球」と答える捕手は意外と多い。

 配球とは、打者を打ち取るために投手の持ち球をどう配合して投げ進めるのか、そのバリエーションのことである。一方リードとは、配球を含め、投手が快適にピッチングを続けるために、また快適な投球を妨げるものを排除するために、捕手が行う“努力”のすべてを指す総称であろう。

 リードと配球を混同することは、捕手としての仕事に混乱をまねき、なにより捕手という役割の面白みを半減させてしまうのだ。

 この春のセンバツ。

 「これぞ、リード!」とヒザを叩きたくなるような場面がいくつかあった。

 2回戦、優勝候補の大阪桐蔭を木更津総合が破った試合。4-1で木更津総合がリードした8回。

 一死走者なしから、大阪桐蔭の1番・永広知紀がセンター前に弾き返した。

 木更津総合の先発左腕・早川隆久の内角速球。優秀なサウスポーにしか投げられないクロスファイアーで、彼にとってはおそらくベストボールだったはず。会心の1球を、モノの見事に痛烈なライナーにされた。

投手を激しく叱る、捕手からの猛烈な返球。
 ここで投手・早川、続く2番・中山遥斗にストライクが入らない。ストレート、スライダー、どちらもはっきりと外れたその時、木更津総合の捕手・大澤翔が投手・早川に猛烈な返球を送った。

 パシッ! とネット裏まで捕球音が聞こえた、ものすごい返球。投手・早川を激しく叱る捕手・大澤の思いが、その痛烈な捕球音から伝わってきた。

 早川は3回に、同じクロスファイアーで永広をどん詰まりの併殺打に打ち取っていた。確信を持って投じたボールを、今度はジャストミートで打ち返されたショック。さらに、終盤8回、“終わり”が見えてきた頃に一気に投手を襲う疲れ。

 投手・早川は明らかに動揺していた。

 しかも、打席に立つ中山が「ホームランの打てる2番バッター」なのは、大澤ほどの捕手なら最初のスイングでわかっているだろうし、要注意というデータもあったろう。

 ここで叱らずに、どこで叱る。女房役のそんな心意気がはじけた。

折れそうになった投手の心を奮い立たせる仕事。
 ボールが2つ続いている。3球目、さあどこに構えるか。

 “内”でなきゃダメだ。

 大澤が右打者・中山の足元にもぐった。

 そう、そこだ。さあ、何を投げる? 
 まっすぐでなきゃダメだ。

 クロスファイアーだ! 

 カウントを取りにくる甘いボールを振る! と決めて待っていた中山。気負いもあっただろう。一瞬バットの振り出しが遅れ、センターに飛んだ打球は定位置を越せなかった。

 これがリードだ。

 ベストボールを捉えられ、折れそうになっている投手の心を察し、ここぞ! ときびしく叱り、体の近くにストレートを要求して、萎えかけた投手の勇気を再び奮い立たせる。

 中山にも痛打を浴びれば、走者2人を置いてクリーンアップにまわっていたこの回。

 大阪桐蔭打線は、こういう場面で日本一の勝負根性を発揮する。ここまで守ってきた3点差ぐらい、一気にひっくり返されていてもおかしくはなかった。

渾身のベストボールをボールと判定され……。
 ならば、ここはどうだったんだ。

 そう尋ねたくなるような場面が、木更津総合の次戦にあった。

 準々決勝、木更津総合が秀岳館に敗れた試合。木更津総合が1-0でリードした最終回、9回だ。

 アウトはすでに2つ。四球の走者が一塁と二塁にいた。一打同点、いや、逆転サヨナラまである場面だ。

 フルカウントから5番・天本昂佑左翼手のヒザ元に投じた、やはりクロスファイアー。

 見ていたこっちがうわっ! と思わず声をあげてしまうような、凄まじいボールだった。

 なのに、主審の右腕が上がらない。

 球場じゅうが唸るほどの、渾身のベストボールだった。

 「あんまりボールが良過ぎると、ストライクって言えないことがあるんだよなぁ……」

 以前、ある現役のアンパイアがぽろっとこぼしてくれた一つの“本音”。それを思い出していた。

捕手は“心の視線”をいつも投手にむけねば。
 捕手・大澤、捕球した姿勢のまましばらく動けない。捕球したまま、ミットが止まっている。それほどのボールだったからだ。

 どうするかな……と見ていたら、しかたなさそうに立ち上がると、投手・早川に普通に返球し、一度バックネットのほうを向いて、そのまま腰を下ろした。

 今度は、捕手・大澤のほうが間違いなくショックを受けていた。

 ボールに“惚れる”というヤツだ。

 これもよくわかる。一度でも本気で捕手と取り組んだ選手なら、きっと思い当たるはず。

 「あれほどのボール、どうしてわかってもらえないんだ……」

 一時的に気分が落ち込む。こういう時が危ない。

 一度は、終わったか! と思った瞬間。投手だって、全身から力が抜けている。

 案の定、シングル、二塁打と続けられ、サヨナラの2点を奪われてしまった。

 木更津総合の捕手・大澤、この春は最高の勉強をしたのではないか。

 捕手は“心の視線”をいつも投手に向けて、自らの感傷にひたる時間は一瞬たりともあってはならない、ということかもしれない。

芯で捕球してもらうと、投手は気分がいい。
 もう一人、東邦高の捕手・高木舜の守備ワークには、リードの“本質”を見たような気にさせられた。

 全国屈指の剛腕・藤嶋健人とバッテリーを組んで、超高校級といわれる140キロ前半の速球と独特のナックルカーブを淡々と捕球し、試合を進めていく。

 東邦高の捕手・高木舜のキャッチングは、ほとんどの投球をミットの芯で受け止める。

 現場ではズンとくる捕球音が甲子園の銀傘にこだまし、テレビを通しても、輪郭のはっきりした捕球音が聞こえてくる。

 打者の頭ほどの高さに抜けた速球をとっさに腕を伸ばして捕球するような場面でも、ストライクゾーンと同じ捕球音が聞こえて、これだけ芯で受けてもらえれば投手はどれだけ気分よく腕を振れるだろうかと感じた。

 しかも捕手・高木は、捕球したミットを動かさない。捕球の瞬間にミットを止められる捕手はいくらもいるが、投手に捕球点を“2秒”見せられる捕手は、高校生にはめったにいない。

 捕球点をゆっくり見せるのは何のためか? 
 投じた本人に、実際はどこへ投げたのか? をはっきり知らしめるため。つまり、“答え合わせ”をしてもらうためである。

 投じたコースを明確にしてあげることで、投手はボールの球筋を確認できる。

 今、投げたボールが○だったのか、×だったのか、それとも△だったのか。答え合わせができるからこそ、次に投げるべきボールの球種を絞ることができるというものだ。

 ことさらマウンドに駆け寄ることもない。ぼんやり見ていると、投球をただ捕っているだけに見えかねない捕手が、実は立派に投手を“リード”している。それが、野球の現場の現実なのかもしれない。

 打者を打ち取るためのプランを立て、そのためには「次はこの球種でいかがでしょうか……」とおうかがいを立て、「それでいこう!」と懸命に投げ込んでくる投手のボールをいい音をたてて捕球し、気持ちよく投げ続けてもらう。

 そして、投手の気持ちの揺れを察した時はいち早く手を打ってあげ、投手が気分よく投げている時は決してその邪魔をしないこと。

 「リードって、一体なんなんだ? 

 そう訊かれた時の“正解の近似値”を、今年のセンバツの2人の高校生捕手の仕事ぶりから教わったような気が、今、している。

(「マスクの窓から野球を見れば」安倍昌彦 = 文)

故意四球! [審判]

ルール変わったのかな〜?

3月30日水曜日
横浜球場
延長戦 巨人の攻撃
ベイスターズは3塁に走者を置いたので
次の2人を敬遠に

この時 ベイスターズの捕手
投手がセットをした段階で
キャッチャーボックスから出て
かまえる!

あれ〜 ボールが投手の手を離れるまで
ボックスにいなければいけないんじゃないの!
これをボークとはしなくなりましたが
だからと言って ルールに書いてある以上
やらなければいけないのでは?
アマチュアなら
厳重注意ですね!

8・05 ボークの項目
 (l)故意四球が企図された時に、投手がキャッチャーボックスの外にいる捕手に投球した場合。
※ただし、連盟よりボークはコールしないよう通達あり。

【注】〝キャッチャーボックスの外にいる捕手〟とは、捕手がキャッチャーボックス内に両足を入れていないことをいう。したがって、故意四球が企図されたときに限って、ボールが投手の手を離れないうちに捕手が片足でもボックスの外に出しておれば、本項が適用される。

 

ちょっと思い出しました! [審判]

昔同じことが!

今回の選抜
秀岳館2―1木更津総合(準々決勝=28日)
木更津総合(千葉)のプロ注目左腕・早川隆久は、
熱投むなしく最後に力尽きた。
完封目前の1点リードの9回2死三塁、
きわどい判定で四球を出し、
そこから連打を浴びてサヨナラ負けを喫した。

 フルカウントから天本昂佑を歩かせた“あと1球”に、
「あれは自分でも一番決まったと思った。インコースを攻めた結果なので悔いはない」
と言い訳はなし。
夏のリベンジを見据えて、
さらに球威や鋭く沈む変化球を磨くことを課題とした。(スポーツ報知)

勘違いをしないでいただきたい
この時の球審のジャッジに
クレームをつけているわけでは
ないのですが

この一球の思い出があったので

もうだいぶ前になりますが
同じように、最終回 最後の打者
投手が決めに来た球
際どいコース
ただし 私は外れていると判断
「ボール!」
選抜の試合のように
この後投手が崩れて
逆転負け!

自信を持って 「ボール!」
と判断したものの
あの「ボール!」のコールで
崩れてしまっただけに
心では
気持ちが堂々巡り

ボールだったよな〜
ストライクだったかな〜

自信まで揺らいでしまい
ドギマギ!

ただし、先輩からのアドバイスは

際どい球で 投手が決めに来た球なら
「ストライク」とコールしてあげろ!
投手が死んでしまう!

きになるニュースが [審判]

「選抜高校野球・1回戦、秀岳館6-5花咲徳栄」(23日、甲子園球場)

 センバツ初勝利を挙げた秀岳館が、
審判からサイン盗みを疑われ、
注意される場面があった。

5-1の四回の攻撃、
2死二塁で金丸球審が試合を止め、
二塁走者の木村に歩みよって口頭で注意。
そのまま一塁側ベンチへ行き、
鍛治舎巧監督にも注意した。(デイリースポーツ)

昔漫画の「キャプテン」で
同じく 2塁走者が
内角、外角を教える場面がありました
あの当時は
それが正しいと思っていましたが

競技者必携2016 試合中の禁止事項 12
塁上の走者、あるいはコーチスボックスやベンチから守備側(捕手)のサインを盗み、それを打者に伝達することを禁止する。

甲子園名物ラガーさん! [審判]

テレビにいつも写っている!

甲子園の放送が始まると
必ずバックネット裏の一番前の席で
ラガーシャツを着た人が

前々から気になっていましたが
巷ではラガーさんと言って
有名人です

もう何年も同じ席で
第一試合から最後まで
楽しみにしているかただと思います

今回の選抜で 
いつもの席を小学生の招待選手に
奪われてしまった?

テレビには映らないが
どこかで見ているんではないかな〜

話は違うけど
関東勢は弱いですね〜
どうも西側の方が
強いような

ぜひ 関東の残り2校も
頑張ってほしい!

今日の試合で
左打者 右足に ヒットバイピッチ
でも、カーブで逃げられたのでは
右足全然動かなかったな〜

選抜大会が始まりました [審判]

春はなかなか発展途上ですね

楽しい甲子園が始まりました
関東勢は2校 残念でした

鹿児島実業 10番 谷村投手
今時珍しい サブマリン ちょっと楽しみ

そういえば 右打者の甲に 
カーブが当たった!
ヒットバイピッチ!

そう思いきや 球審 パスボール!

あの角度ならば 当たっている!
そう見えると思うのですが

とりあえず 当たればボールデッド!
違うなら3ストライク目ではないので そのまま

見えている塁審に確認しても
良かったのでは?

練習試合 [審判]

びしょ濡れだ!

夜半から降り出した雨
朝の段階では止んでいました
しかし雨雲レーダーを見ると
雨雲の隙間に入っただけ
一時間もしないうちに
降り出してくるのがわかります

それも本格的に降る予想が
今日は中止だな!
そう思っていたら
審判長から今日は予定通りの
連絡が!
本当にやるの?

前から第一試合にはまにあわないので
遅れていく予定で

かなり降り出した!
先に行っている仲間にメールを送ったが
返事がない

しょうがないいくか〜

行ったらやっていました!
ホーム付近も、外野も 田んぼ

え! まだやるの〜

練習試合の試合を止める権利は
先生に委ねているのですが

これはないでしょう!

ま〜 やりたいのはわかるけど
これはないでしょう!

やっと中止になりました!
次のチームも来ているし

もうちょっと 考えないと!
ね〜! 先生!

招待試合 [審判]

久しぶりの学童の試合

我がチームの招待試合
毎年2月下旬の二週間を使って
行われています。

今年で27回目
我が息子の時が7回目だから
20年も経ってしまいました。
時の経つのが早いな〜

この2年間 学童部からお声が
かからなかったので
学童の試合は県大会のみ
ちょっと勝手が違うような

今日の反省
1塁審で2アウト
サードゴロ 1塁手が捕球
ところが足が離れている

一瞬アウトかと思い
右手が少し上がり始めたのですが
「セーフ、セーフ」
この後オフザバックのゼスチャーはしたのですが
声が出ませんでした!

子供達は守備側はベンチに戻ろうとするし
打者走者は不思議そうな顔をするし

もっとわかりやすいゼスチャーをしなければ
またまた反省しきりです。

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。