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リードとは何か [審判]

捕手のリードは「配球」だけじゃない。叱り時、捕球音、2秒間止まるミット。

 そう問われて、「配球」と答える捕手は意外と多い。

 配球とは、打者を打ち取るために投手の持ち球をどう配合して投げ進めるのか、そのバリエーションのことである。一方リードとは、配球を含め、投手が快適にピッチングを続けるために、また快適な投球を妨げるものを排除するために、捕手が行う“努力”のすべてを指す総称であろう。

 リードと配球を混同することは、捕手としての仕事に混乱をまねき、なにより捕手という役割の面白みを半減させてしまうのだ。

 この春のセンバツ。

 「これぞ、リード!」とヒザを叩きたくなるような場面がいくつかあった。

 2回戦、優勝候補の大阪桐蔭を木更津総合が破った試合。4-1で木更津総合がリードした8回。

 一死走者なしから、大阪桐蔭の1番・永広知紀がセンター前に弾き返した。

 木更津総合の先発左腕・早川隆久の内角速球。優秀なサウスポーにしか投げられないクロスファイアーで、彼にとってはおそらくベストボールだったはず。会心の1球を、モノの見事に痛烈なライナーにされた。

投手を激しく叱る、捕手からの猛烈な返球。
 ここで投手・早川、続く2番・中山遥斗にストライクが入らない。ストレート、スライダー、どちらもはっきりと外れたその時、木更津総合の捕手・大澤翔が投手・早川に猛烈な返球を送った。

 パシッ! とネット裏まで捕球音が聞こえた、ものすごい返球。投手・早川を激しく叱る捕手・大澤の思いが、その痛烈な捕球音から伝わってきた。

 早川は3回に、同じクロスファイアーで永広をどん詰まりの併殺打に打ち取っていた。確信を持って投じたボールを、今度はジャストミートで打ち返されたショック。さらに、終盤8回、“終わり”が見えてきた頃に一気に投手を襲う疲れ。

 投手・早川は明らかに動揺していた。

 しかも、打席に立つ中山が「ホームランの打てる2番バッター」なのは、大澤ほどの捕手なら最初のスイングでわかっているだろうし、要注意というデータもあったろう。

 ここで叱らずに、どこで叱る。女房役のそんな心意気がはじけた。

折れそうになった投手の心を奮い立たせる仕事。
 ボールが2つ続いている。3球目、さあどこに構えるか。

 “内”でなきゃダメだ。

 大澤が右打者・中山の足元にもぐった。

 そう、そこだ。さあ、何を投げる? 
 まっすぐでなきゃダメだ。

 クロスファイアーだ! 

 カウントを取りにくる甘いボールを振る! と決めて待っていた中山。気負いもあっただろう。一瞬バットの振り出しが遅れ、センターに飛んだ打球は定位置を越せなかった。

 これがリードだ。

 ベストボールを捉えられ、折れそうになっている投手の心を察し、ここぞ! ときびしく叱り、体の近くにストレートを要求して、萎えかけた投手の勇気を再び奮い立たせる。

 中山にも痛打を浴びれば、走者2人を置いてクリーンアップにまわっていたこの回。

 大阪桐蔭打線は、こういう場面で日本一の勝負根性を発揮する。ここまで守ってきた3点差ぐらい、一気にひっくり返されていてもおかしくはなかった。

渾身のベストボールをボールと判定され……。
 ならば、ここはどうだったんだ。

 そう尋ねたくなるような場面が、木更津総合の次戦にあった。

 準々決勝、木更津総合が秀岳館に敗れた試合。木更津総合が1-0でリードした最終回、9回だ。

 アウトはすでに2つ。四球の走者が一塁と二塁にいた。一打同点、いや、逆転サヨナラまである場面だ。

 フルカウントから5番・天本昂佑左翼手のヒザ元に投じた、やはりクロスファイアー。

 見ていたこっちがうわっ! と思わず声をあげてしまうような、凄まじいボールだった。

 なのに、主審の右腕が上がらない。

 球場じゅうが唸るほどの、渾身のベストボールだった。

 「あんまりボールが良過ぎると、ストライクって言えないことがあるんだよなぁ……」

 以前、ある現役のアンパイアがぽろっとこぼしてくれた一つの“本音”。それを思い出していた。

捕手は“心の視線”をいつも投手にむけねば。
 捕手・大澤、捕球した姿勢のまましばらく動けない。捕球したまま、ミットが止まっている。それほどのボールだったからだ。

 どうするかな……と見ていたら、しかたなさそうに立ち上がると、投手・早川に普通に返球し、一度バックネットのほうを向いて、そのまま腰を下ろした。

 今度は、捕手・大澤のほうが間違いなくショックを受けていた。

 ボールに“惚れる”というヤツだ。

 これもよくわかる。一度でも本気で捕手と取り組んだ選手なら、きっと思い当たるはず。

 「あれほどのボール、どうしてわかってもらえないんだ……」

 一時的に気分が落ち込む。こういう時が危ない。

 一度は、終わったか! と思った瞬間。投手だって、全身から力が抜けている。

 案の定、シングル、二塁打と続けられ、サヨナラの2点を奪われてしまった。

 木更津総合の捕手・大澤、この春は最高の勉強をしたのではないか。

 捕手は“心の視線”をいつも投手に向けて、自らの感傷にひたる時間は一瞬たりともあってはならない、ということかもしれない。

芯で捕球してもらうと、投手は気分がいい。
 もう一人、東邦高の捕手・高木舜の守備ワークには、リードの“本質”を見たような気にさせられた。

 全国屈指の剛腕・藤嶋健人とバッテリーを組んで、超高校級といわれる140キロ前半の速球と独特のナックルカーブを淡々と捕球し、試合を進めていく。

 東邦高の捕手・高木舜のキャッチングは、ほとんどの投球をミットの芯で受け止める。

 現場ではズンとくる捕球音が甲子園の銀傘にこだまし、テレビを通しても、輪郭のはっきりした捕球音が聞こえてくる。

 打者の頭ほどの高さに抜けた速球をとっさに腕を伸ばして捕球するような場面でも、ストライクゾーンと同じ捕球音が聞こえて、これだけ芯で受けてもらえれば投手はどれだけ気分よく腕を振れるだろうかと感じた。

 しかも捕手・高木は、捕球したミットを動かさない。捕球の瞬間にミットを止められる捕手はいくらもいるが、投手に捕球点を“2秒”見せられる捕手は、高校生にはめったにいない。

 捕球点をゆっくり見せるのは何のためか? 
 投じた本人に、実際はどこへ投げたのか? をはっきり知らしめるため。つまり、“答え合わせ”をしてもらうためである。

 投じたコースを明確にしてあげることで、投手はボールの球筋を確認できる。

 今、投げたボールが○だったのか、×だったのか、それとも△だったのか。答え合わせができるからこそ、次に投げるべきボールの球種を絞ることができるというものだ。

 ことさらマウンドに駆け寄ることもない。ぼんやり見ていると、投球をただ捕っているだけに見えかねない捕手が、実は立派に投手を“リード”している。それが、野球の現場の現実なのかもしれない。

 打者を打ち取るためのプランを立て、そのためには「次はこの球種でいかがでしょうか……」とおうかがいを立て、「それでいこう!」と懸命に投げ込んでくる投手のボールをいい音をたてて捕球し、気持ちよく投げ続けてもらう。

 そして、投手の気持ちの揺れを察した時はいち早く手を打ってあげ、投手が気分よく投げている時は決してその邪魔をしないこと。

 「リードって、一体なんなんだ? 

 そう訊かれた時の“正解の近似値”を、今年のセンバツの2人の高校生捕手の仕事ぶりから教わったような気が、今、している。

(「マスクの窓から野球を見れば」安倍昌彦 = 文)

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